エド・はるみ

エド・はるみは、2006年5月22日の読売新聞で『舞台女優改め、芸人エド・はるみ』として、お笑い芸人のデビューが報じられていました。舞台女優として活動していたエド・はるみが、ルミネtheよしもとの初舞台に立ったことは、少なからず世間の関心を集めたようでした。その証拠にエド・はるみのことを詳しく記したページが、あのWIKIPEDIAにもきっちりと存在しています。エド・はるみは、推定ながら1964年生まれ、いわゆる熟女です。そんなエド・はるみは、1988年に円・演劇研究所を卒業後、シリアスな劇に出演していました。すなわち、舞台女優ということです。しかhし、幼い頃からの人を笑わせることが大好きな性格は、三十代最後の年になっても変わらなかったようで、『これでいいのか?』と40歳を前に一念発起、R−1グランプリという”ピン”芸人の大会に挑戦しました。ここでは当然惨敗し、我流の芸では通用しないことを痛感するや、東京吉本興業の芸人養成所NSCに第11期生として入所したのです。

基礎

我流の芸風では、自分や友達などの内輪でしか受けないことを知ったエド・はるみは、吉本興業のNSCへ入所しました。エド・はるみは、NSC11期生の中で当然のごとく最年長として、奮闘しました。エド・はるみは、当時のことを 『ウケなくても負けずに立ち直り、恥をかく勉強をした。』と言っています。そしrて、誕生した芸人エド・はるみは、『笑いで日本を豊果にしたい。』と今日もがんばっています。
エド・はるみの特技や趣味もちょっと人とは変わっています。エド・はるみ自身のブログにも書いてありますが、走ることが大好きで1日に10キロを走ることもあるのだとか、銀座をジョギングすることが日課だそうです。どうりでエド・はるみは、スタイルがいいわけですね。そして、芸人をする前は、舞台女優のほかにもパソコンのインストラクターをしていたり、マナーについての講師をしていたり、とっても多才です。また、初見ながらどんな文章も朗読できると誇っています。と言うことで、エド・はるみは芸人としての基礎はしっかりとしていると言うことですね。

売れますよぉ〜

エド・はるみは、芸人としての基礎がシッカリとできていて、なおかつ、40歳にして一念発起するあたりは、根性論でいう所のメンタルな部分もシッカリとできていると言うことですね。これで、ブレイクしないわけがありません。人様と違うところがあるから、とにかくおもしろい。エド・はるみは、このまま行けばまだまだ売れそうですね。エド・はるみは、ブログの自己PRに『若干長く生きていますが、今が人生でいちばん幸せです。何故なら、夢に溢れた若い方達と一緒に好きな仕事が出来るから。世間の方達とは少し違う道を歩んでいますが、そんな私に興味を持って下さる方、どんどんご訪問ください。』と書いています。エド・はるみのネタは、インストラクターのパロディーなどでおよそ50以上あるようです。もちギャグは、両手の親を上に向けて立てて「グゥ〜!」ユニークです。
エド・はるみの出演映画;映画『の・ようなもの』 (森田芳光監督、1981年) ※映画初出演 、『キネマの天地 』(山田洋次監督、1986年) 、『男はつらいよ 幸福の青い鳥』 (山田洋次監督、1986年)

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